目の疾患で運転が心配な人に…全国3病院に「運転外来」 視野の障害チェック)

神戸新聞NEXT (2023/05/22

 神戸・ポートアイランドの神戸市立神戸アイセンター病院には、「運転外来」がある。あまりなじみのない言葉だが、それもそのはず、眼科領域では2019年に東京で初めて設置され、まだ全国に3カ所しかない外来なのである。対象となるのは、緑内障や網膜色素変性症などさまざまな疾患で視野に障害を抱え、運転に不安を感じる人たちだ。(勝浦美香)
 神戸アイセンター病院のロビーには、白い壁に運転風景のバーチャル映像が投影される一角がある。21年に開設された「運転外来」。ハンドルやアクセル、ブレーキの模擬装置もあり、まるで自動車教習所のようだ。このシミュレーターを使って「運転」してもらい、一時停止線や信号機、飛び出しなどに対応できるかどうかを調べる。

■脳が情報を補完

 映像として用意された場面は直進のみのため、操作するのは足元のアクセルとブレーキのみ。「ハンドル操作は必要ないが、体の位置を固定するために握ってもらう」と同病院研究員の寒重之さん(46)。ハンドル上部には機器が取り付けられており、運転中の視線の動きを細かく記録する。
 コースを走り終えた後は、リプレイ映像を通して運転を振り返る。その中でよく交わされるのが、こんなやりとりだ。
医師
「対向車線から青い車が来ていますね。あの車を見ている時、赤信号は見えていますか」
患者
「青い車を見ていると赤信号は見えません。先生は見えるんですか」
 医師や一緒に来院した家族が「見える」と答えると、患者は驚き、初めて「自分の見え方は他人と違う」と気がつくのだという。
 一体どうしてこんなことが起こるのか。同病院の横田聡医師(41)によると、人間の脳には「フィリングイン」と呼ばれる機能があり、たとえ視野の一部が欠けていたとしても周辺の景色から情報を補完し、一続きのように見せてしまうのだという。
 「だから視野障害があっても『自分にはちゃんと見えている』と思い込んでしまう。また、視野障害があると診断されていても、実感として認識できていない人もいる」と横田医師は指摘する。

■事故後もやめず

 運転外来の創始者が、緑内障やロービジョン(失明以外の視覚障害)を専門とする西葛西・井上眼科病院(東京都)の国松志保医師(54)だ。「運転を続けさせるためでも、やめさせるためのものでもない。最初に自分の見え方を理解してもらうための外来」と説明する。
 国松医師は運転外来のきっかけの一つとして、自身が08年に栃木県で行った緑内障患者の実態調査を挙げる。
 調査では事故を起こした重症の緑内障患者の多くが、自覚症状がないため、ハンドルを握り続けていたことが判明した。
 緑内障は高齢者に多い視神経の病気で、日本緑内障学会の調査では、70代以上の9人に1人が罹患(りかん)しているとされる。重症患者には視野の狭窄(きょうさく)や欠損が生じるが、その9割が症状に無自覚で治療を受けていないことも明らかになっている。
 そこで国松医師は、「見えていない」状況を患者自身に体験してもらおうと考えた。
 企業の協力も得て、視野障害者向けのドライビングシミュレーターの開発を主導。研究を重ねて19年、西葛西・井上眼科病院に「運転外来」の看板を掲げた。ともに研究に取り組んできた神戸アイセンター病院、新潟大医歯学総合病院にも同じシミュレーターを整え、現在は3拠点で臨床研究を継続。今後は診療マニュアルを作り、全国への普及を目指すとする。

■リスク理解し行動

 運転外来での眼科医からの助言は、決して法的な拘束力を持つものではない。しかし、受診した患者の多くが運転を続けるリスクを理解し、行動を改めているという。
 23年2月までに西葛西・井上眼科病院の運転外来を受診し、2年以上が経過した48人のうち、27%が運転を中止。残る73%は運転を継続しているが、ほとんどが運転時に注意するポイントを改め、4割近くは運転時間を減らしたと回答。事故を起こした人はいなかった。
 国松医師は「『免許更新の検査も通ったし、見えているから大丈夫』と思っていても、自分の視野障害に気づかないまま事故につながる可能性がある。目の病気の多くは早期に治療を始めれば進行を遅らせることができるので、怖がらずに眼科を受診してほしい」と呼びかけている。

 神戸アイセンター病院の運転外来は要予約で、受診には眼科医の紹介状などが必要となる。同病院TEL078・381・9876(代表)