AI技術で視覚障害者の歩行をサポート 点字ブロックから音声情報を発信)

朝日新聞デジタル (2023/07/28

■名物教授 金沢工業大学

目の不自由な人が、移動しやすい社会にしたい。金沢工業大学工学部情報工学科の松井くにお教授は、AI(人工知能)技術を使って視覚障害者向け歩行サポートシステムの開発に取り組んでいます。社会に役立つための研究に学生とどう取り組んでいるのか、情報工学の学びに必要なことなどを聞きました。

視覚障害者が安全に移動するために、地面や床面へ設置される点字ブロック。松井教授らが開発中の視覚障害者向け歩行サポートシステム「コード化点字ブロック」は、この点字ブロックの突起に付けた黒丸や三角印にスマートフォンのカメラをかざすと、スマホから周囲の情報を案内する音声が聞こえてくるというものです。
松井教授がコンピューターに興味を持つきっかけとなったのは、父親の影響でした。父親は当時、日本では数少ないコンピューターの研究者で、AIを活用したアナウンスのもととなる音声合成を日本で初めて実現した人でした。
「小さい頃から父親の職場によく遊びに連れて行ってもらっていました。音の反射をほとんどなくした無響室というところに大きなコンピューターが置いてあり、そこから人間の声のような音が聞こえてきたときは、不思議な気持ちになりました。こうした経験が大学で情報工学を学びたいという気持ちにつながったのだと思います」
富士通研究所で技術開発のあと、大学教授に
静岡大学で情報工学を学んだ後、富士通研究所で機械翻訳システムやオンライン辞書システムなどの開発に取り組みます。途中、大学院で博士号を取りながらも研究・開発を続け、2017年に金沢工業大学に着任しました。

なぜ大学教授の道を選んだのでしょうか。

「社会貢献がしたい、という思いですね。企業では常にビジネスに直結する研究成果が求められます。それが悪いとは思いませんが、年齢を経て、お金にならなくても社会に役立つことをしたくなりました。視覚障害者の方をサポートする研究に取り組んでいるのも、こうした理由からです。また教育の場で、若い学生とこれまで培ってきたことを共に考えられることにも魅力を感じました」
授業では好奇心を引き出すことを意識

松井教授が教えている情報工学とは、どのような学問なのでしょうか。

「わかりやすくいうと、コンピューターを使ってデータ分析をする学問です。データサイエンスやAIも含まれます。情報工学の知識や技術はコード化点字ブロックに限らず、日常生活に役立つさまざまな発明につながります。学生たちにはそういう話をよくしています」
授業では、最近話題のChatGPT(チャットGPT)を使うこともあります。学生から出された質問に最初に松井教授が回答し、次にチャットGPTに答えてもらいます。
「『テストでいい点数を取るにはどうすればいいですか』という質問に対する答えが、私とチャットGPTとでは異なります。そこからチャットGPTの長所や欠点、有効な活用法も見えてきます」
こうした授業の進め方は、生きていく上で最も大事なものの一つと松井教授が考えている「好奇心」を、学生から引き出すためのものです。
「情報工学科の卒業生の多くはプログラマーやSEなど、コンピューターの技術者になります。いい技術者になるには、技術だけでなく好奇心が必要です。いろいろなことに興味を持つことによって、技術の新しい使い方などが見えてきます。これが会社や社会への貢献となり、自身の幸せとなって返ってきます」

スマホアプリの開発には学生の力を結集

コード化点字ブロックは、着色部分にそれぞれ番号が振られており、スマホのカメラに映すと画像認識技術によりコード(コンピューターが識別できるような符号)に変換される仕組みです。さらに変換されたコードがスマホからサーバーに送られ、データベースに登録されている案内情報がスマホに返ってきて、文字とともに音声に変換されます。松井教授はこうした一連のプロセスを開発しています。
「目の不自由な視覚障害者の人がスマホを操作できるのかと疑問を持つかもしれませんが、視覚障害者の約8割は全盲ではなく、視野が狭かったり、色の区別ができなかったりする弱視の人たちです。弱視は完全に目が見えないわけではないため、スマホの画面を見ながら操作してコードにかざすことは可能です。スマホからコードを読み取るアプリの開発は、学生たちの努力のたまもので、案内情報の精度を高めるために現場に出向いてくれるなど、さまざまな作業を手伝ってくれました」
コード化点字ブロックは現在、金沢市内に130カ所ほど敷設され、実証実験が行われています。松井教授はより使いやすいコード化点字ブロックにするために改良を続けています。
「将来は観光情報やお店の情報などに加え、災害時の避難情報なども入れて、使用する人がほしい情報を選択できる仕組みにしたいと考えています。コード化点字ブロックをきっかけに障害者、健常者の分け隔てのない、インクルーシブな社会を作るお手伝いができればと思います。これからもAI技術を使った人と機械の双方向の対話を実現する製品の開発に取り組んでいきます」

好奇心を大事に まずは飛び込んで

松井教授はこれから受験を控える高校生にも、「好奇心を大事にしてほしい」と話します。
「高校生の中には、進路が明確になっていないと焦っている人も多いと思いますが、『焦る必要はないよ』と伝えたいです。好きなこと、興味を持った学部にまずは飛び込んでみることを勧めます」
そして、将来どんな仕事に就くかは、大学に入ってから考えても十分間に合う、と言います。
「それを考えるために行く場所が大学ではないでしょうか。大学にはさまざまな学びや出会いがあります。広く人生を考える場所として、大学を役立ててほしいと願っています」

プロフィール
松井 くにお (まつい くにお)/金沢工業大学工学部情報工学科教授。静岡大学工学部情報工学科卒業後、富士通研究所入社。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程修了。ニフティ、静岡大学創造科学技術大学院特任教授(兼務)を経て、2017年から現職。専門は自然言語処理、情報検索、情報分析など人工知能に関する研究・開発。